2018-04-24
ソウル特別市 蘆原区 孔陵洞
建設当時の駅名は泰陵(テヌン)駅でしたが、1958年に花郎台(ファランデ)駅に改称しました。
ソウル市内に位置する近代簡易駅で周囲には樹林が数多くあり景観が素晴らしい場所に位置しています。
大部分の簡易駅は一字型の建物の上に十字型の切妻屋根をのせる形態ですが、花郎台駅は他の駅と異なり非対称三角型を強調した切妻屋根構造をした希少性がある建物です。
外観と内部ももともとの形態を比較的よく留めています。
2019-11-01
江原道 鉄原郡 金化邑 生昌キル 481-1
+82-33-458-3633
江原道鉄原郡(チョロングン)金化邑(キムファウプ)生昌里(センチャンニ)にあるDMZ生態平和公園は、環境部、国防部(陸軍3師団)と鉄原郡が協定を締結し、戦争・平和・自然が共存するDMZ(非武装地帯)の象徴的メッセージを知らしめようと作られた公園です。
休戦からおよそ60年間、民間人に閉ざされてきたありのままの生態系を直接体験できるよう探訪コースを新設、韓国国内だけでなく外国人の方にも大変好評を得ています。
2024-10-15
ソウル特別市チョンノ区プクチョンロ7ギル16
ソウル北村(プクチョン)の嘉会洞(カフェドン)にある白麟済(ペク・インジェ)家屋は、近代韓屋の様式で建てられた日帝強占期の家屋です。北村が一望できる2,460平方メートルの敷地にサランチェ(別棟)、アンチェ(母屋)、庭園などが配されています。白麟済家屋は伝統韓屋の美しさを保ちつつ近代的変化を取り入れて建てられており、建築の規模や歴史的価値の面で大韓民国第4代大統領尹潽善(ユン・ボソン)氏が居住していた尹潽善家屋とともに北村を代表する建築物とされています。
白麟済家屋は1907年の京城博覧会で初めてソウルに紹介された「鴨緑江の黒松」を使って建てられ、同時代の典型的な上流階級の住宅とは異なった特徴があります。サランチェとアンチェを別にして建てた伝統韓屋とは異なり、2つの空間が廊下で繋がれており、扉の外に出ずに移動できます。また日本式の廊下や畳部屋があったり、赤レンガやガラス窓が多用されていたりするのも建築当時の時代的背景が反映されたものです。サランチェの一部が2階建てになっており、これは朝鮮時代の伝統韓屋では他に類を見ない特徴です。白麟済家屋は韓屋の様々な美しさを一ヶ所に集めた貴重な文化遺産といえます。
2022-10-12
全羅南道 求礼郡 山洞面 位安月渓キル6-12
+82-61-783-9114
山茱萸村の乳山(ユサン)は痩せた土地に農業を営むことが難しいところですが、毎年春の訪れを知らせる山茱萸(サンシュユ)の花が咲くと智異山(チリサン)を訪れる人々が数多くやってきます。
標高400メートルに位置する全羅南道求礼郡山洞面位安月渓の山茱萸村は、毎年3月になると黄色い山茱萸で満開になります。白頭山から連なる山系・白頭大幹にある万福台の水脈をいただく山洞浄水場は2010年韓国全国で最優秀の水質ということで大統領賞を受賞し、ミネラルウォーター工場、ゲルマニウムを含む智異山温泉岩盤水や最高の水質の水の里となっています。
ここで育つ山茱萸(サンシュユ)は全国の70パーセント以上を占め、9月の日差しと日照条件が韓国で最高の品質の山茱萸の実を作り出します。
山村生態村である山茱萸村は、春には山茱萸祭り、夏には水落瀑布、秋には山茱萸の実祭りがあり、冬には万福台の雪景色と、癒しをもたらす最高の観光地となっています。
また山茱萸村は山茱萸古道トレッキングや大東與地図古道歩きなど智異山のトレッキングコースである智異山トゥレキルの7つの区間に隣接する地域でもあり、サンウィからミョボンチまでの登山路、タンゴルから性三ジェ(峠)までの登山路、智異山温泉での休息を兼ねた観光など健康や癒しをもたらす様々な旅行ができるところです。
2024-04-07
チョンブク特別自治道 群山市 臨陂面 書院石谷路 37
+82-63-454-3274
群山市臨陂面戌山里にある臨陂(イムピ)駅駅舎は1936年群山線の鉄道駅の駅舎として作られました。
1912年湖南線の支線として完成した群山線に位置する臨陂駅は元々、臨陂・邑内里に建設するはずでしたが、邑内里に住む儒学者が風水地理的な理由で反対し、戌山里を経由することになったという言い伝えがあります。
日帝強占期、群山線は全羅北道の農産物を群山港を通じ日本へ搬出する重要交通路として収奪の苦い歴史を経験したところでもあります。臨陂駅は当時の農村地域にある小規模簡易駅舎の典型的な建築形式や技法を生かして建てられた建物で、原型を比較的よく留めた形で残っており、建築的・鉄道史的価値が高い建造物です。
1995年4月1日に配置簡易駅となり、2005年9月30日貨物取扱を中止、続く2008年5月1日には旅客営業も中止となりました。
2018-04-24
忠清南道 保寧市 青所面 青所クンキル 176
青所(チョンソ)駅は長項線(チャンハンソン)の鉄道駅です。
青所駅の駅舎は長項線で現存する最も古い駅舎で、原型がよく保存されており、建築的、鉄道の歴史上でも価値が大きいと評価され登録文化財第305号に指定されています。
長項線は元々私鉄の朝鮮京南鉄道株式会社が忠南線という名称で天安~温陽間を1922年6月1日に開業、1931年8月1日には全線開通させました。
1946年5月、私鉄国有化政策により国有化され、1955年6月に長項線と改称されました。
近隣には温陽・道高などの温泉があり、また礼山・洪城・広川・大川などの主要地方都市を結び、忠清南道南西部の地方交通の要となっています。
青所駅は1929年駅員配置簡易駅として営業を開始し、1958年9月普通駅に転換した後、1961年に作られた煉瓦造りの駅舎です。
もともとの名称は近隣の村の名前を撮って「真竹(チンチュク)駅」と呼ばれていましたが、後に「青所駅」に改称しました。
長項線で残っている駅舎の中で最も古い歴史を誇り、現在簡易駅として使用しています。
韓国戦争以降の典型的な近代簡易駅舎の建築様式を反映して作られたのがこの青所駅の駅舎です。
周辺には烏棲山(オソサン)をはじめ、鰲川港(オチョンハン)、忠清水営城(チュンチョンスヨンソン)などの観光地が近くにあります。
2018-04-24
京畿道 漣川郡 漣川邑 漣川路 273-7
漣川(ヨンチョン)駅給水塔は1919年仁川~元山(ウォンサン)間の中間地点に作られた鉄道給水塔で、蒸気機関車に水を供給していた施設です。
蒸気機関車と給水塔は1899年9月ソウル~仁川間の京仁線(キョンインソン)が開通し始めて登場し、交通手段としての機能を果たしてきましたが、1950年代にディーゼル機関車が導入されると、次第に消えていく運命となりました。
日帝強占期に建てられた漣川駅の駅施設物は韓国戦争時に爆撃を受け、ほとんど廃墟となりましたが、給水塔だけは原型を留め残っています。給水塔ができた当時には機関車の後ろに連結された炭水車に水を補給する間、人々が物々交換など商取引が活発で市場の役割もこの駅で果たしていたとのことです。
1950年6月25日に勃発した韓国戦争以前ここは北韓の最南端地域で京元線を利用して運ばれた北韓の軍事物資が大量に積み下ろしされていました。そのため白い色をしたこの給水塔を目がけアメリカ軍の爆撃が行なわれ、いまでも給水塔には弾痕が鮮明に残っています。
漣川駅給水塔は江原道道渓駅給水塔、秋風嶺駅給水塔、忠清南道連山駅給水塔、慶尚北道安東駅給水塔、永川駅給水塔、慶尚南道三浪津駅給水塔と共に鉄道の歴史の理解と近代交通史研究のための主な遺産として認定を受け、2003年1月、登録文化財に指定されました。
2018-04-23
ソウル特別市 銅雀区 汝矣大方路16キル 61
明日の天気は…!
気象庁は現実に即したタメになる体験学習を実施中です。天気図作図、観測機器見学、気象キャスター体験、屋外観測機器見学など気になっていた気象庁のさまざまなことを観察や体験を通じて見学できます。また児童・生徒の進路体験見学としても人気があります。
2022-12-21
江原道 原州市 韓紙公園キル 151
2010年にオープンした「原州(ウォンジュ)韓紙テーマパーク」は韓紙をテーマに各種展示・教育体験を提供している韓紙文化芸術を鑑賞できる文化空間です。本館の建物と野外公園で構成されており、建物1階には韓紙歴史室、韓紙体験室、アートショップ、小さな図書館、2階には企画展示室1・2、80人収容可能な会議室があります。
2024-03-18
ソウル特別市チョンノ区キェドンギル37
+82-2-2148-4161
北村(プクチョン)八景は、景福宮(キョンボックン)と昌徳宮(チャンドックン)の間の韓屋村にあります。北村は朝鮮時代に上流階級が住んでいたところで、韓屋が多く残っています。第1景は昌徳宮、第2景は苑西(ウォンソ)洞工房通り、第3景は嘉会(カフェ)洞一帯、第4景は嘉会洞の丘(北村展望台)、第5景は嘉会洞の上り坂、第6景は嘉会洞の下り坂、第7景は嘉会洞31番地、第8景は三清(サムチョン)洞の石段です。