観光 - 韓国旅行情報

ピドゥルギナン瀑布(漢灘江地質公園)(비둘기낭 폭포(한탄강 국가지질공원))

ピドゥルギナン瀑布(漢灘江地質公園)(비둘기낭 폭포(한탄강 국가지질공원))

2024-09-20

京畿道 抱川市 永北面 大回山里

ピドゥルギナン瀑布は京畿道(キョンギド)抱川市(ポチョンシ)永北面(ヨンブクミョン)大回山里(テフェサンリ)にある玄武岩浸食峡谷で、仏舞山(プルムサン)を水源とする仏舞川(プルムチョン)の下流域にあります。周辺の地形が「ピドゥルギ=鳩」の巣のようにぽこっと凹んだ「ナン(嚢)=袋」のような形をしているということからピドゥルギナン瀑布と呼ばれています。また別の言い伝えでは昔からカワラバトがこの滝の近くの洞窟に棲息していたことからピドゥルギナンと呼ばれていたという説もあります。
韓国戦争当時この辺りは草木が生い茂り、地元の人しか知らないような土地で、村人たちが戦火を逃れるため利用したり、軍人が休養する場所などにも使われました。2012年ピドゥルギナン瀑布は天然記念物に指定され、以降、その美しい秘境の姿は多くの観光客に知れ渡ることとなりました。
ピドゥルギナン瀑布は地質・地形学的観点からみると河食洞窟、峡谷、頭部浸食、滝壺など河川による浸食地形を観察することができ、合わせて柱状節理、板状節理などさまざまな地質構造も見ることができます。また、漢灘江(ハンタンガン)に流れ出た溶岩の塊も見られ、学術的にも価値がある場所といえます。

出典:漢灘江地質公園

慶州大陵苑一帯(경주 대릉원 일원)

慶州大陵苑一帯(경주 대릉원 일원)

2024-10-16

キョンサンブク道キョンジュ市キェリムロ9

慶州 路東里古墳群

慶州(キョンジュ)中心部・路東里(ノドンリ)一帯にある古新羅時代の古墳群で、 鳳凰台(ポンファンデ)/飾履塚(シンニチョン)/金鈴塚(クムニョンチョン)などがあります。鳳凰台は高さ22m、直径82mで、皇南大塚(ファンナムテチョン)に次いで大規模な墓です。 鳳凰台の南にある飾履塚は、盛り土をした封墳の高さが6.5m、直径30mで、1924年の調査では、棺を置く槨(クァク・トッノル)を設けた積石木槨墳であることが明らかになりました。内部からは耳飾り、硝子製の玉で出来た胸飾り、銀製の帯、銀製の腕輪、環頭大刀、双龍環頭大刀、馬具、漆塗りの器などが出土しました。特に金冠や金銅冠の代わりに金銅製の履物が出土し、模様も独特で大変すばらしいものであったことから、この墓の名称も飾履塚と名付けられました。 鳳凰台の南側にある金鈴塚もやはり1924年に調査した墓で、長方形のくぼみを掘った後、底に河原の石や砂利を敷き詰めた高さ4mから5m、直径およそ18mから20mの積石木槨墳です。金冠、金製の耳飾り、金の腕輪、金製の帯、銅製の履物、鉄製の釜、漆塗りの器、硝子製の器、土器など数多くの遺物が出土しました。土器の中で、船の形をした土器や騎馬人物像の土器が異彩を放っています。この墓は規模が小さく、金冠や装身具の大きさが小さく、 殉葬された形跡があることから、新羅時代の王子の墓とみられています。飾履塚と金鈴塚は同じような規模・構造で、鳳凰台とともに深い関係がある墓とみられます。



慶州 路西里古墳群

慶州市の北西・路西洞(ノソドン)一帯にある新羅の古墳群で、現在およそ10基の大小さまざまな墓が残っています。 その中でも北側にある第130号墳は路東里古墳群の鳳凰台と対をなし、西鳳凰台と呼ばれています。路西里古墳群の内部構造は積石木槨墳と横穴式石室墳の二つに大きく分かれます。金冠塚(クムグァンチョン)/瑞鳳塚(ソボンチョン)/壺杅塚(ホウチョン)/銀鈴塚/第138号墳は新羅時代のもので、長方形のくぼみを掘った後、棺を置く槨を設け、河原の石や砂利を敷き詰めた積石木槨墳です。双床墳(サンサンフン)・馬塚(マチョン)・牛塚(ウチョン)などは墓の内部に割石で四角形の石室を造り、古墳の入口から石室までの間に羨道(ヨンド/ノルギル)を設ける横穴式石室墳で、新羅時代の様式となっています。 金冠塚は1921年に調査が行われましたが、金冠や金製の帯をはじめとしたさまざまな豪華な金工芸品が数多く出土しました。 西鳳塚は瓢の形をした双円墳の北側の墓で、鳳凰の装飾が付いた金冠が出土しました。また年代が刻まれた銀製の蓋がある器(銀盒=ウナプ)が出土し、5世紀前後に作られたものとみられます。 銀鈴塚と双円墳を形作る壺杅塚は日本の植民地支配から解放された1945年の光復以降初めての遺跡発掘で、高句麗第19代の王・広開土大王(クァンゲトテワン) を記念し、 乙卯(451)年に作られたという文字が書かれている銅製の器・銅盒(トンハプ)が出土しました。双床墳・馬塚・牛塚などは統一新羅時代初期の横穴式石室墳で、大部分盗掘され、詳しいことは分かっていませんが、双床塚からは統一新羅時代の土器の破片、馬塚からは馬の骨や鞍の一部などが出土しました。 路西里古墳群は路東里古墳群と似た性格の積石木槨墳と前期石室墳が混在し、墓の形態が移りゆく過程を示しており、これは慶州地域の墓の変遷を知ることができる、重要な史料と高く評価されています。



慶州皇南里古墳群

慶州市庁舎南の反対側一帯にある古墳群で、味鄒王陵(ミチュワンヌン)をはじめ、およそ250基の古墳があり、古墳公園となっています。 1973年には天馬塚の発掘調査を実施し、金冠及び天馬が彩色付きで描かれた白樺樹皮障泥(馬の鞍についている泥よけ)が出土、この泥よけに描かれた馬は新羅時代の絵画としては唯一最古のものとして広く知られています。現在は古墳内部に入り見学できるように復元し、一般に公開されています。また古墳のうち、最も規模が大きい皇南大塚98号墳は1973年から75年にかけて発掘され復元されたものですが、この古墳の発掘により統一新羅以前に積石木槨墳や小型石槨墳が混在していたことが明らかになりました。


沿革

慶州市内の皇南洞一帯に分布している新羅時代初期の墓で、一部はは大陵苑区域の中にあります。日帝強占期(1910~45年)につけられた通し番号90~114、151~151号である円形に土を盛り上げた30基の墓です。大きな墓は積石木槨墳で、周囲には封墳がなくなった小さな墓があります。大陵苑の中には伝・味鄒王陵をはじめ、天馬塚や皇南大塚などがあります。1973年に発掘調査された天馬塚は直径47m、高さ12.7mで、金冠をはじめ多くの遺物が出土しました。 当時天馬塚が描かれた馬の鞍についた泥よけ・障泥(チャンニ)が出土したため、「天馬塚」と呼ばれ、現在ではっその内部が一般に公開されています。また、1973年から75年にかけて発掘調査された皇南大塚は南北の長さが120m、東西の幅が80m、高さ23mの巨大な双円墳で、南側の墓からは金銅冠や男性の骨の一部、そして多くの遺物が出土しました。 北側の墓からも金冠や夫人帯という文字が刻まれた銀製の帯など多くの遺品が出土しました。南側の墓に埋葬された人物は男性、北側の墓に埋葬された人物は女性で、夫婦の墓をくっつける形で造ったものとみられます。

麻浦 文化備蓄基地(마포 문화비축기지)

麻浦 文化備蓄基地(마포 문화비축기지)

2024-10-28

ソウル特別市マポ区チュンサンロ87
+82-2-376-8410

「麻浦文化備蓄基地」は41年間、石油備蓄基地として使われてきた高度成長時代の産業遺産が複合文化空間へと生まれ変わった施設です。既存の5つの石油備蓄タンクは公演場、展示場、多目的パビリオンに再生するとともに、新築したタンク1基は情報交流センターに、臨時駐車場だった広々とした野外スペースは文化広場としてリニューアルし、市民の憩いの場として、また、さまざまなコミュニティ活動が可能な空間となっています。

内辺山(내변산)

内辺山(내변산)

2024-04-07

チョンブク特別自治道 扶安郡 辺山面 内辺山路 232
+82-63-584-7808

全羅北道の西・西海(ソヘ)の古群山(コグンサン)群島や蝟島(ウィド)沖に向かって突出し延々と99キロメートルに及ぶ海岸線、北にはセマングム干拓地、南はコムソ湾に囲まれた辺山半島(ピョンサンバンド)。この辺山半島は自然に恵まれた景勝地として有名で、辺山半島国立公園に指定されています。このうち内側の山岳地帯を内辺山(ネビョンサン)、外側の海に面している山々を外辺山(ウェビョンサン)と呼んでいます。内辺山の中心は辺山半島の最高峰である倚上峰(ウィサンボン)(標高509メートル)をはじめ南西側の双仙峰(サンソンボン)や落照台(ナクチョデ)、月明庵(ウォルミョンアム)、蓬莱九曲(ポンネクゴク)、直沼(チクソ)瀑布などがある一帯です。

辺山の山々は昔から楞伽山(ヌンガサン)、瀛洲山(ヨンジュサン)、蓬莱山(ポンネサン)などとも呼ばれており、 朝鮮八景または湖南五大名山のひとつとして数えられてきました。辺山の幾重にも重なった山々や谷は海抜400メートルから500メートル程度とあまり標高は高くなく、 奇奇妙妙なる山形は深山幽谷をほうふつとさせ、特に落照台からの絶景・月明落照(ウォルミョンナクチョ)は辺山の風景のなかでも最も秀でた風景を誇ります。

羅州牧使内衙(나주 목사내아)

羅州牧使内衙(나주 목사내아)

2021-09-27

全羅南道 羅州市 錦城館キル 13-10

羅州牧使内衙(ナジュモクサネア)は朝鮮時代の地方行政機関・牧の長で羅州を治めていた羅州牧使の官邸として、上流階級の住宅の母屋と同じ平面構造で造られました。母屋は純祖25(1825)年建てられたもので、建物の構造は中庭を囲むようにコの字型で建てられた伝統的な韓屋の様式を踏襲しています。羅州牧使内衙は現在全羅南道文化財資料第132号に指定されています。羅州は朝鮮時代の行政機関の建物・官衙(クァナ/クァンア)の建物が数多く残っており、文化遺跡踏査地としてもおすすめです。
規模:内衙 1棟、行廊(ヘンラン)チェ1棟

羅州 錦城館(나주 금성관)

羅州 錦城館(나주 금성관)

2023-03-02

チョンラナム道ナジュ市クムソングァンギル8

錦城館(クムソングァン)は古の時代の地方行政機関で羅州(ナジュ)に置かれた羅州牧の客舎の建物で、毎月1日と15日には王に対する敬意を表すため王宮に向かい拝礼を行う儀式・望闕礼(マングォルレ)を執り行ったり、外国の使臣や政府高官の行幸がある際に宴を開いたりする建物として使われました。
正面5間、側面4間、八角屋根のおよそ320平方メートル(97坪)の建物で、全国の客舎の建物の中でもその規模において最も雄壮な建物です。
日帝強占期以降、郡庁の建物として使われていましたが、原型をとどめない形となってしまったため1976年から77年にかけて復元されました。

三炭アートマイン(삼탄아트마인)

三炭アートマイン(삼탄아트마인)

2022-08-31

カンウォン道チョンソン郡コハン邑ハムベクサンロ1445-44

咸白山の標高850メートルのところにある三炭アートマインは、2001年に廃鉱となった三陟炭座浄岩鉱業所を活用した文化芸術の空間です。10の美術館や会議室、レジデンシールーム、カフェなどがあり、昔の鉱山施設である洗靴場や捲揚機、地下坑道に酸素を供給していたコンプレッサー室が美術作品とともに展示されており、創意に富む美術館を観覧することができます。また、10万点の遺物も収蔵庫に保管されています。

嶺南アルプス(영남 알프스)

2023-10-17

ウルサン広域市ウルジュ郡サンブク面アルプスオンチョン5ギル103-8

嶺南(ヨンナム)アルプスは蔚山(ウルサン)、密陽(ミリャン)、梁山(ヤンサン)、慶州(キョンジュ)と境を接する迦智山(カジサン)を中心に海抜1,000メートル以上の山々が素晴らしい稜線と風景を作り出す山系で、ヨーロッパのアルプスになぞらえて付けられた名称です。 元々、迦智山、肝月山(カンウォルサン)、神仏山(シンブルサン)、霊鷲山(ヨンチュクサン)、天皇山(チョナンサン)、載薬山(チェヤクサン)、高献山(コホンサン)の7つの山を称したものですが、雲門山(ウンムンサン)、文福山(ムンボクサン)を含めることもあります。 嶺南アルプスは総面積およそ255平方キロメートルで、一年を通じて美しいところとして有名ですが、特に秋は山のあちらこちらでススキが生い茂り幻想的な風景となります。この頃になると全国各地から登山客がひっきりなしにやって来るところでもあります。 また通渡寺(トンドサ)、雲門寺(ウンムンサ)、石南寺(ソクナムサ/ソンナムサ)、表忠寺(ピョチュンサ)など由緒ある寺も多く、また奇石が立ちはだかる絶壁が周囲の風景と調和をなし素晴らしい風景となっています。嶺南アルプスは様々な動植物も数多く生息していることから、自然が作る巨大な動植物園とも呼ばれています。 嶺南アルプスは大変美しい自然の宝庫で、それだけに楽しめる場所も多く、山道、渓谷、砂利道、藪を一気に走り抜けるマウンテンバイクや嶺南アルプスの風景を上空から一望できるパラグライダーなども楽しめます。

栗浦海水浴場(ソルバッ海岸)(율포해수욕장(솔밭해변))

2021-07-15

全羅南道 宝城郡 会泉面 牛岩キル24
+82-61-850-5211

栗浦(ユルポ)海水浴場は幅60メートル、全長1.2キロメートルに及ぶ白い砂浜と樹齢約100年の松林が調和する海水浴場です。目の前には水のきれいな海域の得粮湾(トゥンニャンマン)の海があり、素晴らしい海の光景を楽しむことができます。小さな漁船が浮かぶ平凡な小さな漁村のように見えますが、茶畑で有名な宝城(ポソン)にある大韓茶園などが有名観光スポットとして浮上してからは、ここを訪れる観光客も年々増加しています。1991年に国民観光地として指定され、各種施設も充実しています。韓国で唯一の海水緑茶風呂や9,917平方メートル(約3000坪)規模の人工海水プールもあるため子どもを連れての家族旅行にも最適です。

楊林歴史文化村(양림역사문화마을)

2023-11-10

クァンジュ広域市ナム区ソソピョンギル7

楊林(ヤンニム)歴史文化村はおよそ100年前、光州(クァンジュ)で初めて西洋の近代文物を受け入れた場所であり、また光州の地で犠牲と分かち合いの精神を持つ共同体の歴史のはじまりの地でもあります。ここには様々な近代文化の歴史が残り、光州地域の近代文化遺産を探訪することができ、西洋式近代建造物や韓屋が調和する歴史と文化の空間となっています。
光州の医療と教育を発展させた宣教師ロバート・M・ウィルソンの私邸、朝鮮時代の上流階級家屋の趣が感じられる李章雨(イ・ジャンウ)家屋、民主化の母であり、恵まれない人々のために献身的な活動をした女性運動家であり社会運動家でもあった曺亜羅(チョ・アラ)女史を称える曺亜羅記念館、農村振興に尽力した農村指導者G.W.アビソンの業績を称えるアビソン記念館、宣教師として光州で活動し殉教したオーウェンを称えるオーウェン記念館、光州出身の作曲家・故鄭律成(チョン・ユルソン)の業績と音楽を鑑賞できる鄭律成通り、住民と芸術家らが廃品を集め芸術作品で街を彩るペンギン村など、近代と現代のさまざまな魅力が共存しているエリアです。