観光 - 韓国旅行情報

江景 玉女峰(강경 옥녀봉)

江景 玉女峰(강경 옥녀봉)

2020-03-21

忠清南道 論山市 江景邑 北玉里
+82-41-746-8503

「玉女峰(オンニョボン)」は、論山八景のひとつです。玉女峰にある東屋からの眺めは、遮るものがなく、論山平野を一望できます。また、扶余や益山がパノラマのように目の前に広がり、平野と川、遠くの山々が絵画のような景色を作り出します。昔、この山の麓に流れる川の水は清く、山には木が生い茂り、四方には果てしない野原が広がっており、その景色は非常に美しかったといいます。そのため、明るい満月の日には天女が玉女峰に舞い降り、美しい景色を楽しみ、清らかな川の水で沐浴をしたと伝えられています。また、玉女峰にある烽燧台は全羅北道益山広頭院山の烽燧を受け、皇華山城、 魯城烽燧へ連絡していた所です。その他、ソンジェ亭(東屋)の真下には韓国初のバプティストの礼拝所が位置しており、 聖地巡礼地としても有名です。

始興ケッコル生態公園(시흥 갯골생태공원)

始興ケッコル生態公園(시흥 갯골생태공원)

2021-06-14

京畿道 始興市 東西路 287

始興(シフン)ケッコル生態公園は京畿道(キョンギド)唯一の内湾干潟と昔ながらの塩田の趣を感じられる美しい公園です。
ここではシチメンソウ、マツナ、アッケシソウといった塩生植物やアシハラガニなどを観察できます。
始興ケッコル(感潮水路)は美しい景観とその生態の素晴らしさにより始興市の生態環境1等級地域に指定されており、また2012年2月には国家海洋湿地保護地域にも指定されました。

チョンナムジン(正南津)ヒノキの森ウッドランド (정남진 편백숲 우드랜드)

チョンナムジン(正南津)ヒノキの森ウッドランド (정남진 편백숲 우드랜드)

2024-12-12

チョンラナム道チャンフン郡チャンフン邑ウッドランドギル180

チョンナムジン・チャンフン(正南津長興)は山と海と川のある美しい生態村です。中でも爽やかな緑の風と、樹齢40年の大きなヒノキがぎっしりのチョンナムジンヒノキの森ウッドランドはその風景が最も美しいと言われています。チャンフン邑内が見渡せるオップルサン(億仏山)麓にあるウッドランドは、木材文化体験館や伝統韓屋など美しいペンション団地、生態建築体験場、チョンナム(全南)木工芸センター、癒しの森、ヒノキと塩の家(チムジルバン)などを揃えています。 

アルトゥル飛行場及び旧日本軍飛行機格納庫(알뜨르비행장 및 일본군 비행기 격납고)

アルトゥル飛行場及び旧日本軍飛行機格納庫(알뜨르비행장 및 일본군 비행기 격납고)

2020-02-18

済州特別自治道 西帰浦市 大静邑 上摹里

第二次世界大戦当時、日本軍が済州道民を強制動員し建設した戦闘機格納庫です。
飛行場、管制塔、対空砲陣地、格納庫などが残っており、これら施設を見学することができます。
(注/アルトゥル飛行場のアルトゥルとは「下の原野」という意味)

またこの近くにある1948年に起きた済州4・3事件の遺跡地や松岳山(ソンアクサン)日本軍海岸絶壁戦地洞窟とともに、旧日本軍の戦争遺跡や韓国の悲劇的な現代史の遺跡を体験することができます。

ソウル 旧・花郎台駅(서울 구 화랑대역)

ソウル 旧・花郎台駅(서울 구 화랑대역)

2018-04-24

ソウル特別市 蘆原区 孔陵洞

建設当時の駅名は泰陵(テヌン)駅でしたが、1958年に花郎台(ファランデ)駅に改称しました。
ソウル市内に位置する近代簡易駅で周囲には樹林が数多くあり景観が素晴らしい場所に位置しています。
大部分の簡易駅は一字型の建物の上に十字型の切妻屋根をのせる形態ですが、花郎台駅は他の駅と異なり非対称三角型を強調した切妻屋根構造をした希少性がある建物です。
外観と内部ももともとの形態を比較的よく留めています。

尹伊桑生家(윤이상 생가)

2018-05-09

慶尚南道 統営市 中央路 27
+82+55-650-4681

尹伊桑(ユン・イサン)は世界的な音楽家として活動、存命時にすでに世界5大作曲家に数えられ、約150曲の音楽作品を残しました。

尹伊桑は西洋音楽のあらゆる伝統を完全に吸収した上に東洋の哲学的な思想や国楽の音楽を見事にまで融合させ、人類の音楽史に足跡を残した業績を打ち立てたとして高い評価を受けています。

1956年フランス・パリを経てドイツ・ベルリンに留学、1959年にはダルムシュタット音楽祭で「7つの楽器のための音楽」を発表し大きな反響がありました。

欧州の音楽会に頭角を現した最中、北韓とのつながりの嫌疑で数多くの在独韓国人が逮捕された東ベルリン事件に巻き込まれ韓国の当時の軍事政権の秘密要員によって拉致されソウルの西大門刑務所に収監、その後、死刑の求刑に対し無期懲役の判決を受けるに至りました。しかし、ストラビンスキー、カラヤン、クレンペアー、リゲティ、シュトックハウゼン、アラウなど世界的に有名な芸術家らが率先して救命運動を展開、釈放後にはドイツに再び渡りドイツ国籍を取得しました。

1972年ミュンヘンオリンピック開幕祝賀オペラ「沈清(シムジョン)」をはじめ、数多くの作品を通じて全世界に大きな影響と名声をとどろかせ、1977年から1987年まではベルリン芸術大学の作曲科教授として後学を養成しました。

南北和解のため1990年南北統一音楽祭を主管するなど音楽を通じた統一運動にも献身しました。
1995年11月3日、生前の願いもむなしく、故郷・統営(トンヨン)訪問、そして帰国を遂げることなく一生を終えました。

尹伊桑先生の音楽世界を永遠に讃えるため、尹伊桑先生の生家や隣接する地域の道を2001年2月尹伊桑通りと命名し、様々なオブジェを設置・管理しており、2010年3月、生家があった統営市道泉洞(トチョンドン)の周辺敷地には尹伊桑記念館が開館しました。


麗水 栗村駅(여수 율촌역)

2018-04-26

全羅南道 麗水市 栗村面 タンモリキル 18

 全羅線は当初、私鉄の全北鉄道株式会社の手によって1914年2月に着工、同年11月に裡里(現在の益山駅)~全州間が開通しました。

その後、朝鮮総督府の鉄道建設政策の変更により1931年10月全州~谷城間、1933年10月谷城~南原間、そして1936年12月16日には南原-順天間が相次いで伸延開通し、順天駅で1922年7月にすでに光州-麗水間に開通していた光州線(当時)と繋がりました。

栗村駅は1930年12月25日南朝鮮鉄道株式会社の営業開始と同時に建設され、一般運送営業を開始しました。
駅舎の左側に待合室が配置され、中央部には駅務室があり、その横に付属室の保管庫(倉庫)が突出した形態で繋がっており、L字型の形をしています。 主な木構造は大部分原型そのままをとどめており、特に屋根は寄棟屋根造りで、待合室、事務所、宿直室の順で屋根の高さを低くしてあります。
建物の造りと外観はすでに登録文化財として登録済みの慶全線の元倉(ウォンチャン)駅と似ており、時期的にも同じ時期に建てられ1930年初期の駅舎として近代鉄道建築史上、価値が高いものとなっています。

群山 臨陂駅舎(군산 임피역사)

2024-04-07

チョンブク特別自治道 群山市 臨陂面 書院石谷路 37
+82-63-454-3274

群山市臨陂面戌山里にある臨陂(イムピ)駅駅舎は1936年群山線の鉄道駅の駅舎として作られました。
1912年湖南線の支線として完成した群山線に位置する臨陂駅は元々、臨陂・邑内里に建設するはずでしたが、邑内里に住む儒学者が風水地理的な理由で反対し、戌山里を経由することになったという言い伝えがあります。

日帝強占期、群山線は全羅北道の農産物を群山港を通じ日本へ搬出する重要交通路として収奪の苦い歴史を経験したところでもあります。臨陂駅は当時の農村地域にある小規模簡易駅舎の典型的な建築形式や技法を生かして建てられた建物で、原型を比較的よく留めた形で残っており、建築的・鉄道史的価値が高い建造物です。
1995年4月1日に配置簡易駅となり、2005年9月30日貨物取扱を中止、続く2008年5月1日には旅客営業も中止となりました。


保寧 青所駅(보령 청소역)

2018-04-24

忠清南道 保寧市 青所面 青所クンキル 176

青所(チョンソ)駅は長項線(チャンハンソン)の鉄道駅です。
青所駅の駅舎は長項線で現存する最も古い駅舎で、原型がよく保存されており、建築的、鉄道の歴史上でも価値が大きいと評価され登録文化財第305号に指定されています。

長項線は元々私鉄の朝鮮京南鉄道株式会社が忠南線という名称で天安~温陽間を1922年6月1日に開業、1931年8月1日には全線開通させました。

1946年5月、私鉄国有化政策により国有化され、1955年6月に長項線と改称されました。

近隣には温陽・道高などの温泉があり、また礼山・洪城・広川・大川などの主要地方都市を結び、忠清南道南西部の地方交通の要となっています。
青所駅は1929年駅員配置簡易駅として営業を開始し、1958年9月普通駅に転換した後、1961年に作られた煉瓦造りの駅舎です。
もともとの名称は近隣の村の名前を撮って「真竹(チンチュク)駅」と呼ばれていましたが、後に「青所駅」に改称しました。
長項線で残っている駅舎の中で最も古い歴史を誇り、現在簡易駅として使用しています。
韓国戦争以降の典型的な近代簡易駅舎の建築様式を反映して作られたのがこの青所駅の駅舎です。

周辺には烏棲山(オソサン)をはじめ、鰲川港(オチョンハン)、忠清水営城(チュンチョンスヨンソン)などの観光地が近くにあります。

漣川駅給水塔(연천역 급수탑)

2018-04-24

京畿道 漣川郡 漣川邑 漣川路 273-7

漣川(ヨンチョン)駅給水塔は1919年仁川~元山(ウォンサン)間の中間地点に作られた鉄道給水塔で、蒸気機関車に水を供給していた施設です。
蒸気機関車と給水塔は1899年9月ソウル~仁川間の京仁線(キョンインソン)が開通し始めて登場し、交通手段としての機能を果たしてきましたが、1950年代にディーゼル機関車が導入されると、次第に消えていく運命となりました。

日帝強占期に建てられた漣川駅の駅施設物は韓国戦争時に爆撃を受け、ほとんど廃墟となりましたが、給水塔だけは原型を留め残っています。給水塔ができた当時には機関車の後ろに連結された炭水車に水を補給する間、人々が物々交換など商取引が活発で市場の役割もこの駅で果たしていたとのことです。

1950年6月25日に勃発した韓国戦争以前ここは北韓の最南端地域で京元線を利用して運ばれた北韓の軍事物資が大量に積み下ろしされていました。そのため白い色をしたこの給水塔を目がけアメリカ軍の爆撃が行なわれ、いまでも給水塔には弾痕が鮮明に残っています。

漣川駅給水塔は江原道道渓駅給水塔、秋風嶺駅給水塔、忠清南道連山駅給水塔、慶尚北道安東駅給水塔、永川駅給水塔、慶尚南道三浪津駅給水塔と共に鉄道の歴史の理解と近代交通史研究のための主な遺産として認定を受け、2003年1月、登録文化財に指定されました。