16.7Km 2024-04-28
キョンギ道キンポ市キムポハンガン4ロ8 ラベニチェマーチアベニュー4次212~214号
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16.8Km 2022-08-30
インチョン広域市カンファ郡カンファ邑ウォルゴン里242
「燕尾亭(ヨンミジョン)」は1995年3月1日仁川広域市の有形文化財に指定されました。建てられた時期がいつなのかは不明で、壬辰倭乱、丙子胡乱、韓国戦争により破損した部分はこれまでに何度も修復が行われました。 臨津江と塩河江の形が燕の尻尾に似ているということから燕尾亭という名前が付けられ、月串墩台のてっぺんに建てられているため坡州市、金浦市、北韓の黄海道開豊郡一帯を見ることができます。
摩尼山、伝燈寺、普門寺と共に江華八景の1つであり、燕尾亭から見る月が美しいことで知られています。長い間燕尾亭は軍事保護区域に指定されており、一般の人の観覧は厳しく制限され、軍隊の許可がある人のみ出入りが可能でしたが、最近では身分証明書があれば一般の人も出入りが可能になりました。
16.9Km 2024-02-21
キョンギ道コヤン市イルサンドン区ペンマロ508 1-2階
BB HAUSは、ピンク色のインテリアが目を引くカフェで、カラフルな配色の窓やアーチ型のドアが異彩を放っています。カフェは1階から3階まであります。シグネチャーメニューは、クリームソーダエードのクラウドキスで、サツマイモ、ブルーベリー、オレオなど様々なトッピングがのった食パンもあります。
16.9Km 2020-12-10
京畿道 高陽市 ノルモク路79ホスマウル403棟1401号室
+82-10-2999-9360
ゲストハウス「花と湖の家」は、韓国式のホームステイができるマンションの一室です。旅行好きのオーナーが、旅先で感じたホストたちの優しさと思いやりを伝えたいという思いから、長年の準備期間を経てオープンしました。客室は2つで、スイセンルームにはダブルベッド、マツバボタンルームにはシングルベッド2台と家具があります。特に、スイセンルームは独立した空間となっており、専用のトイレがついています。また、テラスにはミニバースペースを設けてあります。夜になると、一山湖水公園と都心の風景が織りなす夜景が楽しめます。共用のキッチンとリビングには、オーナーが世界中を旅行して集めたプレゼントや記念品が飾られており、一見の価値があります。朝食は、軽めのアメリカン・ブレックファーストを無料で提供しています。
一山湖水公園までは徒歩でアクセスでき、KINTEXや幸州山城などの観光地までは車でおよそ20分です。ソウルの中心街までつながるソウル地下鉄3号線マドゥ駅が近く、ムンサン駅・パジュ駅・デジタルメディアシティ駅・ホンデイック駅・ヤンピョン駅などにアクセスできる京義中央線のペンマ駅も近くなっています。旅行者のための空間で親切なホストの旅行話を聞けば、楽しい旅行になること間違いなしです。
16.9Km 2024-09-23
京畿道 金浦市 月串面 浦内里
+82-31-980-2485
文殊山城は京畿道金浦市に位置する文殊山にあり1964年8月29日に史跡に指定されました。海からの外敵を防ぎ、江華島を防衛するために築かれた城です。当時北門、西門、南門がありましたが1866年丙寅洋擾の際に焼失してしまいました。現在北門は1995年、南門は2002年に復元されています。城の全長は約6キロですが現在未復元区間が約4キロ残っています。文殊山城は秀麗な周辺環境で、頂上からは北韓(北朝鮮)や漢江港口、ソウルの三角山、遠くには仁川の沖合いまで見渡すことができます。また四季を通して自然の景観が美しいため、金浦の金剛ともいえます。旧韓末の外勢の侵略に抵抗した生きた教育の場であり、近くには新羅の真聖女王の時代に創建したという文殊寺もあります。
17.0Km 2023-03-10
キョンギ道キンポ市テジャンロ810
金浦(キンポ)漢江(ハンガン)新都市の開発と共に整備された漢江中央公園は、水辺散策路のクムピッ水路とLa veniche商店街に至るまでの素敵な散策路へつながります。総延長2.68キロメートルの散策路につながるクムピッ水路のLa venicheは、南端から北端にいたるまで多様な風景が広がります。水の街・ヴェニスをモチーフに整備したといわれているLa venicheは、往復1.7キロメートルの水辺に多様なショップが軒を連ねています。セントラルプラザの中央広場を中心として水辺の左右に生活雑貨店、レストラン、ビアホールなどと軽い散歩を終えてからショッピングと共に癒しの時間も楽しめるスポットになっています。
17.3Km 2021-02-18
仁川広域市 江華郡 江華邑 海岸東路1366番キル18
+82-32-930-7077
「甲串墩台(カプコットンデ)」は1232年から1270年まで都を江華島に移し、蒙古との戦争で江華海峡を守っていた重要な要塞です。大砲8台が設置された砲台で、墩台は小さな規模の堡塁を作り、大砲を設置し守っていた所です。
甲串墩台は1232年から1270年の間に都を江華島に移した後、1644年に設置された済物鎮(甲串鎮)に所属する墩台で、1679年に造られました。1866年9月、丙寅洋擾(1866年にフランス艦隊が江華島を侵略した事件)の時フランス極東艦隊が、600名の兵力を引き連れ、江華山城、文殊山城などを占領しました。同年10月にフランス軍は梁憲洙(ヤン・ホンス)將軍の部隊に撃退されました。1977年、補修・復元が行われ、現在の墩台の中に展示されている大砲は朝鮮時代のもので、海から攻めてくる外敵の船舶を砲撃していたものです。