14.6Km 2024-12-24
セジョン特別自治市チョンドン面ペイルギル90-43
テンジャン、コチュジャン、カンジャンなど、韓国の醤(ジャン)類文化が体験できる博物館で、庭園にある1,000個以上の甕が目を引きます。屋内展示館、屋外展示場、発酵体験館、醤類専門の韓国料理店、販売場などが備わっており、メジュ(味噌玉)の形をした穀物石鹸や醤類作り体験ができます。11月に訪れると、テンジャンとコチュジャンづくりの様子も見られます。
14.8Km 2024-02-23
チュンチョンブク道チョンジュ市フンドク区オソン邑オソン里15-4
DROPTOPは、KTX五松(オソン)駅にある24時間営業の無人カフェです。黄色いコンテナハウスを活用したカフェで、ロボットがコーヒーなどお飲み物を作ります。エスプレッソやラテ、カフェモカなど、様々なメニューが用意されており、お飲み物を購入すると、当日に限り駐車料金が無料になるので、多くの人が訪れています。KORAILの乗り場からは徒歩5分のところにあり、五松駅3番出口の近くにあります。
15.0Km 2019-03-19
忠清北道 清州市 清原区 内秀邑荊東2キル92-41
+82-43-213-0570
山の麓約3万坪に文化芸術広場を造成、地域社会で名所として知られた「雲甫の家(ウンボエジプ)」には、韓屋を中心に雲甫美術館と雲甫工房、盆栽・蘭展示場、野外陶磁器・水石公園、3つの池に加え噴水などがあります。
雲甫美術館は、故・雲甫キム・ギジュン画伯、故・又香パク・レヒョン画伯の作品を中心に展示している他、各種セミナー及び雲甫文化体験サマーキャンプ、全国子ども写生大会などを定期的に実施して地方文化発展に寄与しています。
15.1Km 2022-06-17
忠清北道 鎮川郡 鎮川邑 栢谷路 1504-12
鎮川(チンチョン)鐘博物館は韓国の鐘の研究・収集・展示・保存をはじめ、企画展示・教育など多様な活動を通じ、世界的にその価値を認められている韓国の鐘の芸術的価値と素晴らしさを知ってもらうため、2005年9月に開館した博物館です。調査によって韓国国内で最古のものとされている鎮川石帳里(ソクチャンニ)古代鉄生産遺跡地がある鎮川の地に、この博物館が建てられたということは大変意義深いものがあります。
鎮川石帳里は韓国で初めて4世紀ごろに古代製鉄炉があったことが発見された場所で、製鉄炉が存在していたことから、その当時、金属工芸の制作も可能であったことを示しています。鎮川の近くにある清州(チョンジュ)雲泉洞(ウンチョンドン)では統一新羅時代後期の梵鐘が出土し、高麗時代の龍頭寺址(ヨンドゥサジ)の鉄幢竿も残っています。古代遺跡の中で最大規模の製鉄炉があった鎮川に、金属芸術の極ともいえる梵鐘の文化を称える鐘博物館を設立したことは必然の成り行きであったともいえます。
15.1Km 2024-03-25
チュンチョンブク道チュンピョン郡チュンピョン邑チュンチョンデロ1603
ヘソンは、牛カルビ焼きの名店として知られる韓牛専門店です。自然豊かな地域である槐山(クェサン)と曾坪(チュンピョン)で育てられた最高級品質の韓牛のみを使用し、部位ごとに異なる韓牛の味わいを感じることができます。柔らかくて歯ごたえのある霜降りカルビ、ロース、アロワイヨ、牛のともばら肉、牛ササミなど、韓牛の様々な部位が食べられる盛り合わせメニュー「牛肉の盛り合わせ」があります。畜産協同組合の直営店のため、手頃な値段で美味が堪能できます。
15.4Km 2024-02-23
チュンチョンブク道チョンジュ市サンダン区サンソンロ643
カフェFORECYANは、ドライブにぴったりの上党(サンダン)山城周辺にある大型ベーカリーカフェで、池のフォトスポットや冬の氷の噴水で広く知られています。コーヒーやヨーグルト、アイスクリーム、ティー、子供向けドリンクはもちろん、5~6種類のフルーツが並ぶフルーツパーティー、塩バゲット、フルーツパイ、ケーキも用意されています。前庭は芝生と花々で、裏庭は白樺林とアジサイで覆われています。
15.7Km 2023-01-19
セジョン特別自治市チョンドン面チョンソン里サン90
別名・高山山城(コサンサンソン)とも呼ばれる雲住山城(ウンジュサンソン)は、百済時代の遺跡です。
世宗(セジョン)特別自治市全東面(チョンドンミョン)美谷里(ミゴンニ)・青松里(チョンソンニ)と同市全義面(チョニミョン)東校里(トンギョリ)・新井里(シンジョンニ)の境には雲住山(標高459.7メートル)が聳えており、雲住山城はこの雲住山の地形を利用して築城された山城です。
山城西側の裾野の方にはソウルと釜山を結ぶ高速鉄道の線路が通っています。雲住山城は城の周囲が3,210メートル、幅2メートル、高さ2メートルから8メートルの雄壮な百済の山城で、盆地のような形をした山やその風景は大変素晴らしいものがあります。
城壁は自然の地形を最大限生かして築城され、北壁と東壁は雲住山山頂から北西と南へと延びる稜線伝いに伸び、南壁は頂上を取り囲むように築城され、西壁は西へと延びる稜線を横切るように築城されています。
築城された場所は北側の標高が高く、南西側が低い地形となっています。 西門、南門、北門があった場所には門址が確認できますが、すでに崩れており詳細はよくわかりません。
城郭内には城門や建物跡、井戸などが残っていますが、頂上付近には雨乞いの儀式・祈雨祭(キウジェ)を行った祭壇とみられる円形の敷地が残っています。
また、城郭内では百済の土器や瓦の破片が出土しているほか、高麗時代や朝鮮時代の磁器や瓦の欠片も発見されています。
この山城には内城と外城が形成されており、古代山城研究の貴重な史料となっています。
雲住山城は、660年に百済が滅亡し百済最後の王・豊王(プンワン)や百済末期の武将・福信(プクシン)、道琛(トチム)将軍を先頭に起こった百済復興運動軍の最後の救国交戦地として知られている場所です。
雲住山の登山口に高山寺(コサンサ)という寺があり、百済が滅亡した陰暦9月8日にあわせ土曜日の日に百済滅亡期の義慈王(ウィジャワン)と復興期の豊王、そして百済復興運動の末、犠牲になった人々を慰霊するため高山祭を執り行っています。
16.1Km 2025-01-09
セジョン特別自治市チョチウォン邑トゴルゴゲキル24
+82-44-865-5601
神光寺(シングァンサ)は世宗特別自治市鳥致院邑の露積山に位置する寺院です。創建年代は約160年前とされており、1920年に住職が復元したという記録が残っています。創建当時はトゴル寺、修養寺(スヤンサ)などと呼ばれていましたが、1980年に現在の寺院名に変更されました。