韓国館(한국관) - エリア情報 - 韓国旅行情報

韓国館(한국관)

4.2Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道ムジュ郡ソルチョン面クチョンドン1ロ87
063-322-0891

韓国館(ハングクグァン)は、九千(クチョン)洞渓谷の食堂通りに位置している郷土料理店です。薬菜入り地鶏の水炊き、キノコ鍋、鶏肉の炒め煮といったスープ類と蔓人蔘定食、山菜ビビンバ、シイタケクッパなどの食事類があります。食事にきれいなナムル中心の9種類のおかずが出てきます。シイタケクッパが看板メニューです。

白蓮寺(茂朱)(백련사(무주))

白蓮寺(茂朱)(백련사(무주))

4.5Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面 白蓮寺キル580
+82-63-322-3395

徳裕山中心部の九千洞渓谷上流にある白蓮寺(ペンニョンサ)は、新羅の神文王の時に白蓮禪師が隠居していた場所に白い蓮の花が咲いたことから建てられたと伝えられおり、茂朱九千洞にあった14の寺院のうち唯一残っているものです。白蓮寺の入口にあるアーチ型の白蓮橋を渡り一柱門を通ると石の階段があり、その階段の上に大雄殿の建物が建っています。その他の文化財では、梅月堂浮屠と静観堂浮屠、高麗時代に作られたとされる三尊石仏が有名です。

茂朱九千洞33景(무주 구천동 33경)

4.5Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道ムジュ郡ソルチョン面ペンニョンサギル580

茂朱(ムジュ)九千(クチョン)洞33景とは、石帽山(ソンモサン)羅済通門から德裕山(トギュサン)白蓮寺(ペンニョンサ)まで続く区間に点在する景勝地33ヶ所を意味します。奇岩怪石や希少野生動植物が生息する原始林を見ることができます。第1景の羅済通門から第14景の水鏡台(スギョンデ)まではドライブコースとして、第15景の月下灘(ウォルハタン)から第33景の香積峰(ヒャンジョクポン)まではトレッキングコースとしておすすめです。

雪人観光ペンション (설인관광펜션)

雪人観光ペンション (설인관광펜션)

4.6Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面 三公2キル4
+82-10-6450-0371

全北茂朱九千洞の三公里に位置した「雪人(ソリン)観光ペンション」は周囲に観光名所や施設と水遊びが出来る水鏡台があります。また、国立公園が徒歩10分の距離に、茂朱リゾートは車で5分の距離にあります。その他周辺観光地として茂朱九千洞渓谷、徳裕山国立公園、赤裳山、徳裕山国立公園などもおすすめです。客室内から山と渓谷を鑑賞することができ、団体旅行客のための大きい客室も設けられている。また、キャンプファイヤーやバーベキューも可能です。

MUJU RESORTEL(mujuresortel(무주리조텔))

MUJU RESORTEL(mujuresortel(무주리조텔))

4.7Km    2024-12-24

チョンブク特別自治道 ムジュグン クチョンドンノ 878
+82-63-322-0770

「mujuresortel」は、茂朱の徳裕山のリゾート近くに位置しています。高い高度にありますだけに、澄んだ空気と渓谷の音で、自然の趣が存分に感じられます。感覚的でモダンに飾られた客室と、きれいに洗濯された最高級の寝具類が快適さと安らぎを提供します。散歩とウィンタースポーツをします旅行客のために、しっかりとした朝食を提供し、朝食以外の時間には、韓国料理店のレストランを利用できます。 

雪国(설국)

雪国(설국)

4.8Km    2024-12-24

チョンブク特別自治道 ムジュグン ウォンサムゴン2(イ)ギル 9-7
+82-63-324-2220

全羅北道の茂朱郡の雪川面にある「雪国」はペンション型リゾートであります。3階建ての最高級の木造構造で構成された宿は、雪が降った冬に自然と調和し、風情が最高潮に達します。スキー場から3分の距離にあって、レジャースポーツを楽しめるし、近くに徳裕山と片道30分の距離の散歩コースもあり、自然と共に過ごせます。ほとんどの客室は複層構造で構成されています。 

七淵渓谷(칠연계곡)

七淵渓谷(칠연계곡)

6.4Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 茂朱郡 安城面 七淵路 608
+82-63-323-0577

安城面の通安村の後方、徳裕山側にある大きな岩でできた渓谷とその一帯は七淵岩洞と呼ばれています。茂朱九千洞という渓谷に比べればここはまだあまり知られていない場所ですが、変わった形をした岩や大小さまざまな滝、沼などがあり、小さいながらも美しさはひけを取りません。ここの見どころは七淵瀑布で、7つの滝と淵が連なっていることからついた名前です。上から下へ、透き通った清らかな水が滝をつくりながら流れ落ちていきます。七淵岩洞の下流にある龍湫瀑布はそれほど落差はありませんが、奇岩でできた絶壁に古い松の木、東屋が調和し、趣ある風景をつくっています。また、七淵瀑布の向かい側には朝鮮時代末期に日本軍と戦って戦死した兵の墓である七淵義塚や、若者が自然の中で過ごしながら活力を養う全羅北道自然環境研修院があります。

赤裳山(적상산)

赤裳山(적상산)

6.8Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 茂朱郡 赤裳面 槐木里
+82-63-322-4174

韓国百景のひとつに数えられる赤裳山(チョクサンサン)は、四方が屏風のような岩に囲まれ、また、その絶壁には紅葉の木が多く、秋になるとまるで山全体が赤いスカートを履いているような風景となることから赤裳山と呼ばれるようになりました。
この赤裳山の山頂・標高1,030.6メートルの最高峰を基点に香炉峰(ヒャンノボン=1,029メートル)への稜線が続き、天一瀑布(チョニルポッポ)、松台瀑布(ソンデポッポ)、将刀岩(チャンドパウィ)、将軍岩(チャングンパウィ)、按廉台(アルリョムデ)など、数多くの観光スポットがあります。
また、1374年に高麗時代の名将・崔瑩(チェ・ヨン)将軍が耽羅(タムナ=現在の済州島)を討伐し、帰京の際にここを訪れ、山の形が要塞を築くのに向いていると考え、王に築城を進言したという言い伝えがあります。
1614年には赤裳山史庫が作られ、朝鮮王朝実録を保管しました。また、1227年に月印和尚(ウォリンファサン)が創建したと伝えられる安国寺(アングクサ)もあります。
赤裳山は登山だけでなく車でも山に登ることができます。茂朱(ムジュ)揚水発電所が建設された際、頂上まで結ぶ15キロメートルの進入道路が開通し、現在では観光客が山頂湖や安国寺入口までこの道を使って行くことができるようになりました。

* 按廉台(アルリョムデ)
赤裳山の頂上の南側には険しい岩が幾重にも重なっている絶壁があり、その上に按廉台があります。按廉台は四方が断崖絶壁となっており、人々は肝をひやしながら登ります。高麗時代には契丹の侵入があった時、この地方を治めていた長官・三道按廉使が兵士を率いてこの場所に入り、陣を張り難を逃れた場所ということで按廉台と名付けられました。

* 将刀岩(チャンドパウィ=将刀岩)
赤裳山城の西門のそばに天を突くかのように立っている将刀岩。高麗時代末期、名将・崔瑩将軍が赤裳山に上って行く途中、絶壁で道が塞がり、持っていた刀を振り下ろして道を開き、山頂に登ったという伝説が残っています。

安国寺(茂朱)(안국사(무주))

7.1Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 茂朱郡 赤裳面 山城路 1050
+82-63-322-6162

赤裳山城(チョクサンサンソン)に唯一残る名刹・安国寺(アングクサ)は高麗時代の忠烈王(チュンニョルワン)3(1277)年に月印(ウォリン)和尚によって建立されたといわれているお寺です。
朝鮮時代の光海君6(1614)年には赤裳山城内に史閣が、仁祖19(1641)年には璿源閣(ソノンガク)が設置され、赤裳山にある史庫としての役割を果たし、朝鮮王朝実録や王の族譜である璿源録(ソノルロク)が所蔵されました。この時期に史庫を防備するため護国寺(ホグクサ)を建立、それ以前からここにあった安国寺は護国寺とともにこれら史閣を守るための僧兵らの宿所として使われ、安国寺という名称で呼ばれました。
赤裳山揚水発電所の建設により、安国寺は護国寺址があった場所に移築されました。15棟あまりの殿閣は1995年に移築・重創され、山の頂には揚水発電所用の山頂湖である赤裳湖が作られました。秋の紅葉が大変美しく、山の頂まで2車線の舗装道路が続いており、ドライブにおすすめです。 近くには茂朱リゾートや羅済通門(ラジェトンムン)、九千洞(クチョンドン)渓谷があります。主な文化財として安国寺霊山会掛仏幀(宝物)、安国寺極楽殿(全羅北道有形文化財)、赤裳山城護国寺碑(全羅北道有形文化財)、茂朱赤裳山城(史跡)、赤裳山史庫址遺構(全羅北道記念物)などがあり、また世界の仏像を収集・所蔵する聖宝(ソンボ)博物館もあります。

赤裳山史庫址(적상산사고지)

赤裳山史庫址(적상산사고지)

7.3Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道ムジュ郡チョクサン面サンソンロ960

1592年の壬辰倭乱のときにソウルの春秋館をはじめとした全国の史庫が焼失し、春秋館を除いた鼎足山・太白山・妙香山・五台山などに新しい史庫を設置することになりました。1614年に天恵の要塞として知られた茂朱の赤裳(チョクサン)山に実録殿を建てて妙香山の実録を移し、1641年には璿源(ソンウォン)閣を建てて王室の族譜である『璿源録』を保管していました。後に日本により史庫が廃止されるまで、300年以上国家の貴重な国史を保存してきた韓国5大史庫の一つで、全羅北道記念物に指定されています。
この史庫跡は残念ながら赤裳揚水発電所ダムが建設されて水没し、安国寺とともにダムの上側に移転を余儀なくされました。赤裳山は四方が切り立った岸壁で、絶壁周辺にはカエデの木が多く、秋には山全体が赤いスカートを履いたように見えることから「赤裳山」という名前が付きました。