コムグクシチプ(곰국시집) - エリア情報 - 韓国旅行情報

コムグクシチプ(곰국시집)

465.0787952449296m    7313     2021-05-24

ソウル特別市 中区 武橋路24

店で直接作る麺のもちもちとした食感とゆでた牛の胸肉の深い味わいが逸品のコムグクス(コムグクシ/牛肉スープ麺)と国産牛の胸肉を茹でた味覚を刺激するスユク(茹で肉)がこの店のおすすめです。そのおいしさは韓国内はもちろん、日本にまでうわさが広がり、連日食べに来る人で行列ができます。一緒に出てくるおかずも味加減がちょうど良く、これを食べるのも外せない楽しみです。

以北マンドゥ(이북만두)

以北マンドゥ(이북만두)

476.4834959972388m    8631     2022-07-26

ソウル特別市 中区 武橋路 17-13

ソウル特別市中区(チュング)武橋洞(ムギョドン)のソウル市庁舎裏手の路地にある以北(イブク)ソンマンドゥは手作り餃子、キムチ冷や汁ご飯で有名な店です。おすすめの料理は平壌式手作り餃子やキムチ冷や汁ご飯です。冷やしたキムチスープにご飯を入れて食べるキムチマリパプは、元々、北韓の料理でした。他に餃子の寄せ鍋やピンデトクなどもおすすめです。

徳寿宮(덕수궁)

徳寿宮(덕수궁)

512.6525558212278m    101922     2024-06-19

ソウル特別市チュン区セジョンデロ99

史跡・徳寿宮(トクスグン)は、元々王宮ではなく、成宗(ソンジョン=1457~1494年・在位:1469~1494年)の兄にあたる月山大君(ウォルサンデグン=1454~1488年)の住居として使われていました。
1592年壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により王宮が全焼し、翌1593年、仮の王宮・行宮(ヘングン=離宮)として使われるようになりました。 壬辰倭乱により朝鮮時代第14代の王・宣祖(ソンジョ=1552~1608年・在位:1567~1608年)が都を離れ義州(ウィジュ)に避難、その後、漢陽(ハニャン=現在のソウル)へ戻ってくると、居をここ徳寿宮に構えました。 宣祖の後を継ぐ第15代の王・光海君(クァンヘグン=1575~1641年・在位:1608~1623年)は、1608年行宮となっていたこの場所で即位、1611年この行宮を慶運宮(キョンウングン)と改称し、以降7年間にわたり王宮として使っていました。しかし1615年になると、昌徳宮(チャンドックン)に居を移し、それ以降は270年に渡り、離宮として使われることになります。

朝鮮王朝第26代の王で大韓帝国時代には皇帝でもあった高宗(コジョン)(1852~1919年・在位:1863~1907年)が1896年2月からおよそ1年間、ロシア公館に一時身を寄せ、翌年、王宮に戻ってきましたが、その王宮がこの場所で、以降この場所が再び王宮として利用されることになりました。
高宗が再び王宮として使うようになり王宮の名称も再び慶運宮と呼ばれるようになり、その規模も拡大しました。そして、高宗皇帝は1907年、朝鮮王朝第27代の王・純宗(スンジョン=1874~1926年・在位:1907~1910年)に譲位した後も引き続きここに住み続け、王宮の機能は昌徳宮へと移りました。
引き続き、慶運宮に住むこととなった高宗ですが、高宗の長寿を願って、名称を徳寿宮と改称しました。

このような経緯があったことから現在、元々の慶運宮という名称を使うべきであるという声も上がっています。徳寿宮には過去、数多くの建物が存在していましたが、18,635坪(約6.2ヘクタール)の敷地に残っているのは、大漢門(テハンムン)、中和殿(チュンファジョン)、光明門(クァンミョンムン)、昔御堂(ソゴダン)、浚明堂(チュンミョンダン)、即阼堂(チュクチョダン)、咸寧殿(ムニョンジョン)、徳弘殿(トコンジョン)、そして石造殿など一部にすぎません。

徳寿宮は、特に朝鮮時代末期から大韓帝国時代にかけての旧韓末の悲運の皇帝・高宗が日帝の圧迫により譲位を強要され、恨(ハン)に満ちた余生を送り、1919年1月22日、徳寿宮の咸寧殿で日帝により毒殺されたと人々に伝えられ、翌々月の3月3日に予定されていた高宗の葬儀の直前の3月1日に起きた3・1独立運動の直接的な引き金となった現場でもあります。



* 大漢門 -大漢門は現在では徳寿宮の正門となっています。元々の名称は大安門(テアンムン)で、王宮の東門として使われていました。この大安門は1906年に再建され「大漢門」という名称がつけられました。扁額の文字は当時、漢城府(ハンソンブ=現在のソウル)判尹(パニュン=漢城府の長)を務めた南廷哲(ナム・ジョンチョル)によるものです。

* 光明門 -光明門は王の寝殿・咸寧殿の正門で、光武(クァンム)8(1904)年の大火により焼失したものを、同年再建したものです。1938年、石造殿を美術館として使い始め、貞洞(チョンドン)にあった興天寺(フンチョンサ)の梵鐘や昌徳宮の報漏閣(ポルガク)にあった自撃漏(チャギョンヌ)を現在の場所へ移した際に光明門も同時に移築して現在のところに建て直しました。

* 石造殿 -大韓帝国時代、外国の使節と接見した場所です。光武4(1900)年着工、隆熙(ユンヒ)3(1909)年完成した石造の建物で、朝鮮王朝で最後に建てられた大規模建造物です。建物の外観は十九世紀初めの欧州で流行していた新古典主義様式に倣ったもので、正面にある柱の上部にはイオニア様式で施しており、室内はロココ調の装飾がなされています。建物は3階建てで、1階には接見場所が、半地下階には侍従らの控室の場所として使われ、2階には皇帝のスペースとなっていました。植民地支配が終わりを告げた1945年の光復(クァンボク)以降は米ソ共同委員会会議場、国立博物館、国立現代美術館、宮中遺物展示館などとして利用されました。

* 咸寧殿 - 宝物に指定されている咸寧殿は1897年に建てられ、高宗皇帝が居を構えた建物として知られています。1904年の火災により焼失しましたが、同年建て直し現在に至っています。高宗皇帝は1919年1月21日この咸寧殿で薨去しました。その後使われなくなった咸寧殿に当時使われていた家具、書画、什器などを配置し、およそ100年前の王宮での暮らしぶりを改めて再現しました。

* 中和殿 - 大韓帝国の正殿として使われ、朝鮮王朝第26代の王・高宗の近代国家建設に懸ける自信が垣間見れる建物です。特に正殿内には御座の真上の天蓋を見ると、龍が二匹描かれているのが確認できますが、これは正殿の天井の龍のような模様となっており、徳寿宮が大韓帝国皇帝の皇宮であったことを感じされます。 現在残っている中和殿は1902年に重層の建物として建てられましたが、1904年の火災で焼失、その後1906年に平屋造りの建物で重建されました。

* 重明殿 - 重明殿(チュンミョンジョン)はロシアの建築家サバティ(Seredin Sabatin)の設計により1897年から1901年にかけて建築された皇室図書館です。地下1階を含む二階建ての西洋式の建物で、当初は漱玉軒(スオゴン)と呼ばれていました。2009年12月に復元され、2010年8月からは展示館「大韓帝国の運命をかけた場所、徳寿宮重明殿」として一般に公開されました。

* この他、昔御堂、浚明堂、即阼堂、静観軒(チョングァノン)、徳弘殿、報漏閣自撃漏などがあります。

徳寿宮大漢門(덕수궁 대한문)

徳寿宮大漢門(덕수궁 대한문)

512.6525558212278m    20602     2024-03-06

ソウル特別市チュン区セジョンデロ99

大漢門(テハンムン)は、シチョン駅近くに位置している朝鮮の5大宮殿の一つである徳寿宮(トクスグン)の正門です。「大漢」という名前には、大韓帝国の永遠なる繁栄と発展を祈る意味が込められています。大漢門の前では毎日2回、守門将交代式が朝鮮の伝統的な服装と方式で年中実施されます。

武橋洞 プゴグクチプ(무교동 북어국집)

武橋洞 プゴグクチプ(무교동 북어국집)

515.0202415726933m    15711     2020-05-13

ソウル特別市 中区 乙支路1キル 38
+82-2-777-3891

伝統の製法をありのままに継承し、香り高い干しスケトウダラ・北魚(プゴ)を用いたプゴヘジャンククの独特の味わいを守り続きてきたソウル市庁舎裏手にある武橋洞(ムギョドン)プゴグクチプ。
1968年に開業した武橋洞プゴグクチプは、開業当時、トジュッコルという名前で看板を掲げていましたが、現在では屋号をが武橋洞プゴグクと変え営業しています。
近所がオフィス街のため、平日にはお店の前に長い行列ができますが、メニューはただ一つプゴヘジャンククのみとなっているので、注文するとすぐ出てきます。 
またテーブルにおかずが盛られたお皿が予め置いてあるので、食べられる分だけとって食べられます。
濃厚な味わいで白みを帯びたプゴグクのスープは、おなかにやさしい味です。
ご飯とスープはおかわり自由で、またお手頃なお値段で思う存分たべることができるのも魅力です。
お店の外観は素朴で庶民的なお店ですが、その味わいには真心と歳月の深さを感じます。

ソンガミョンガ(손가명가)

ソンガミョンガ(손가명가)

516.6315868823876m    67     2021-03-31

ソウル特別市 中区 茶洞キル 13
+82-2-777-1013

ソウル特別市ウルチロイック駅の近くに位置した韓食専門店です。飲み会のお客様に人気のお店です。代表的なメニューは豚キムチチゲです。

徳寿宮石垣道(덕수궁 돌담길)

徳寿宮石垣道(덕수궁 돌담길)

520.3010082380417m    37045     2024-03-11

ソウル特別市チュン区セジョンデロ19ギル24

徳寿宮(トクスグン)石垣道は、徳寿宮の石垣沿いに続く道です。美しい照明と造景のため夜にもロマンチックな雰囲気が感じられます。ストリートパフォーマンス、フリーマーケットが開かれたり、貞洞道(チョンドンギル)沿いに立ち並ぶカフェ、グルメ店も多いです。秋にはイチョウと石垣が融合して素晴らしい景色を誇ります。ソウル市立美術館、ソウル歴史館などの主要文化施設からも近いため散策コースとして適しています。

チャムスッコル(참숯골)

チャムスッコル(참숯골)

524.9789814888558m    5285     2021-08-11

ソウル特別市 中区 武橋路 16

チャムスッコルは主に韓国南西部・全羅道(チョルラド)地方の畜産家で飼育された2歳以下の韓牛(ハヌ)を厳選、新鮮さと肉質の柔らかさを生かすため冷凍保存せず、A+ランク以上の冷蔵韓牛のみだけを使用している韓牛専門店です。
またチャムスッコル・堅炭の谷という名前からも分かるように、堅炭を使用しているお店で、炭の香りと素晴らしい韓牛の味わいが楽しめます。
さまざまな広さの個室があり、主に宴会や接待の場として数多く利用されています。また外国人観光客も数多く訪れています。霜降りロースやヤンニョムカルビをはじめ、韓牛の牛骨スープで作るテンジャン(味噌)チゲや全羅北道長水(チャンス)で取れる角閃石(コプトル)で作られた石の器に入って出される栄養トルソプパプ(石釜飯)は近くのオフィス街で働く人々に人気のメニューです。

重明殿(중명전)

重明殿(중명전)

525.5836987482452m    5372     2024-03-11

ソウル特別市チュン区チョンドンギル41-11
+82-2-752-7525

重明殿(チュンミョンジョン)は、朝鮮時代の宮殿である徳寿宮(トクスグン)の隣にある赤レンガの西洋式の近代建築で、1899年に大韓帝国の皇室図書館として建てられました。1904年に発生した徳寿宮の大火事以降は高宗(コジョン)皇帝の臨時居所として利用されました。1905年に日帝による強制的な違法条約である乙巳勒約が締結された悲劇の場所でもあります。重明殿の展示館は歴史教育の場としても活用されています。

チョンジン火爐焼き ( 청진화로구이 )

チョンジン火爐焼き ( 청진화로구이 )

525.1768069694275m    810     2021-09-01

ソウル特別市 鐘路区 鐘路5キル 32-12
+82-2-735-7008

韓国産の牛肉と豚肉料理を取り扱っています。代表的なメニューは霜降り韓牛ロースです。ソウル特別市のジョンノ区に位置した韓食専門店です。